七五三の由来
日本では、女子が三歳と七歳、男子が五歳になったのを感謝し、神社仏閣等で成長の儀式を行います。これを七五三(しちごさん)といいます。
七五三は、江戸時代の天和元年(1681)11月15日に、第五代将軍徳川綱吉の長男、徳松の健康を願ったのが始まりとされ、後に、江戸の庶民にも広がり、やがては全国に広まったといわれています。天和元年から340年以上経った今では、祝儀の期日は11月15日にこだわらず、家族や親族の都合に合わせ、日柄の良い日を選んで行われることが多くなっています。
長寿の願いを込めた千歳飴
七五三では、長寿の願いを込めた、 長い「千歳飴(ちとせあめ)」を子供に与え、それを食して祝います。「千歳」とは「千年」に由来し、健康で長生きをして欲しいとの願いが込められた飴とされています。千歳飴の形状は、直径15㍉以内、長さ1㍍以内に、細く長く仕上げてあり、縁起が良いとされる紅白それぞれの色で着色されています。
紅白の千歳飴は、鶴亀(つるかめ)や松竹梅などのめでたい模様が描かれた細長い包装袋「千歳飴袋」に入っておりました。
子供にこの千歳飴が振る舞われたのは、江戸時代の子供の死亡率がとても高かったので、「千歳飴のように長く」生きて欲しいという願いが込められていたからです。
子供への願いをめでたく包む千歳飴袋
私の曽祖父は、大正三年(1914)に東京都新宿区牛込地区で印刷業を始めました。その時の商品の一つとして、千歳飴袋の作成に取り組み、販売を始めました。今では、私の実家が、千歳飴袋の製造と販売元の業務を引き継いでおります。千歳飴袋の製造開始以来110年近く経ちますが、今でもオリジナルのデザインは当時のままで、作成方法も全く変わらず、今も手は手作業で貼られており、毎年、七五三のお祝いのために備えられています。当時デザインされた図柄は、「鶴は千年、亀は万年、共に白髪の生えるまで」という金言にならい、考案されたものです。そして松竹梅と「寿」の文字がめでたい模様として描かれ、赤色の持ち手には「祝」の文字が白で抜かれていて、子供達への長寿の願いが込められています。
また裏面の図柄は、七五三の儀式のために晴れ着を着た七歳の少女、五歳の少年、そして三歳の幼女が、富士山、松、花で囲むように描かれていて、子供達の成長をめでたく祝いたいという思いが伝わってきます。
今ではとても信じがたいことですが、この図柄は当時の職人さんによって、全て筆による手書きで描かれたものです。今見てもタッチがとても柔らかで、色彩も優しく鮮やかで、全体的に品の良いバランスのとれたもので、自然と袋を手に取ってみる人の目を引きつけます。まるで、日本昔話の絵本を開いた時のように、図柄が何か話しかけてくるように思えてきます。特に裏面の図柄に描かれている子供達の笑顔を見ると、自然と心が和んでくるようです。これらの図柄は、大正時代に描かれたアート作品の一つに相当するのではないでしょうか。
また千歳飴袋の長さが50㎝と設定されたのも、機械で作れる最長の長さと子供の寿命の長さを懸けているからです。
そして、千歳飴袋の手の部分の最終ノリ付けは、手作業によって、袋一枚一枚、子供達の成長を願い、心を込めてノリ付けをしております。昔から変わらぬ手間を掛けた製法によって、千歳飴袋は一枚一枚作られ、皆様のもとへと届けられています。

大正初期に曽祖父が設立した「中尾商店」
子供の成長を袋に込める
曽祖父が千歳飴袋の製造と販売を始めてから110年近くになりますが、今でも変わらないのは、袋のデザインや作成方法だけではなく、子供達を事故や疫病から守りたい、長生きして欲しいという切実な願いです。この変わらぬ願いは、袋に包まれる千歳飴の形状や製造にも反映されています。
そして事前に準備された千歳飴袋に入った千歳飴と共に、神社仏閣などで、家族や親族が子供達の成長を祝い長寿を祈願する儀式「七五三」を行うことで、子供達への願いがより一層強くなり、社会全体に「思いやり」や「優しさ」の精神が広く受け継がれていくのではないでしょうか。
七五三は江戸時代から長い年月を経て、庶民の間で広められてきました。それは儀式を行うなかで、様々な人々の手によって準備されて、守り続けられてきたからでしょう。
千歳飴袋を製造・販売する側としては、袋になる紙の発注、断裁、印刷、在庫の保管、ノリ付け、配送等、様々な人達を経て、最終的に皆様への配達となります。
私たちは、「守られている」ことを特に実感することがあります。千歳飴袋を配達する際には、絶対に雨には濡れないという不思議なことが起こるのです。台風の時でさえも、配達先で千歳飴袋をいったん車から外に出さなければならない時には、一瞬ですが、必ず雨が止み千歳飴袋を濡らさずに配達ができるのです。そして配達が済むや、雨がまた激しく降り出すのです。やはり縁起物は天から守られていると、毎回実感させられています。
七五三は日本独自の儀式です。これからもその行事の一端を担う者として、千歳飴袋に宿る願いを守り続けていけたらと願っております。
ウィキペディアより「七五三」参照

昭和50年頃の七五三のお祝い


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